タイで電気自動車の工場が増えている背景には、売れる市場へ企業が進出するという通常の投資判断に加え、政府との約束がある。補助を受けて完成車を輸入した企業は、その後タイで一定台数を生産しなければならない。

その約束は、輸入1台につき現地生産1台で始まり、制度と生産年によっては2台、3台へ増える設計だった。一方、政府は生産期間の延長を認め、輸出した車を国内向けより多く数える扱いも導入した。12

工場を造らせたいのに、生産の条件を緩める。矛盾して見える二つの措置は、何を調整しているのだろうか。販売への補助が将来の供給を増やす仕組みからたどると、タイのEV政策が抱える難しさが分かる。

輸入時の優遇に、将来の生産を結び付けた

タイのEV振興策「EV3」「EV3.5」は、購入支援や税の優遇を使って市場を育てながら、メーカーに国内生産を求める仕組みだ。本稿で扱うのは、電池だけで走る車、BEVの輸入に対応した生産義務である。

工場が完成する前でも輸入車で販売を始められるため、メーカーはブランドを知ってもらい、販売網を整えられた。政府にとっては、補助が海外の工場の販売支援だけで終わることを防ぐ条件が、後日の生産義務だった。

2024年12月のタイ投資委員会(BOI)の発表では、制度と履行年ごとの倍率は次のように整理されていた。BOIは税制優遇などで投資を促進する政府機関だ。1

対象の制度 生産する年 優遇対象の輸入1台に対応する現地生産
EV3 2024年 1台
EV3 2025年 1.5台
EV3.5 2026年 2台
EV3.5 2027年 3台

これは当該発表に記載された基本の倍率であり、企業ごとの義務台数は、制度間の移行や、その後の輸出の換算などでも異なる。

この設計では、工場の稼働を遅らせるほど生産負担が増す。たとえばEV3.5で対象輸入が1万台なら、基本の計算は2026年に2万台、2027年に3万台となる。工場の完成を待つ猶予はあるが、待つことが無条件に得になるわけではない。

ここでメーカーの判断は二段階に分かれる。最初は輸入車をどれだけ販売するか。後には、すでに販売した輸入車に対応する生産を、いつ、どの工場で行うかだ。後者の数量は、その時点の注文だけで決まるものではなくなる。

販売が伸びても、生産義務の負担はなくならない

国際エネルギー機関(IEA)によると、タイの電気自動車販売は2025年に約14万台となり、前年比で約70%増えた。同機関の集計では、タイ製の比率が2024年の約5%から2025年には約20%へ上昇し、中国からの輸入車はなお約75%を占めた。ここでいう電気自動車は、BEVと外部充電が可能なPHEVを合わせた分類である。3

国内生産への移行は実際に進んだ。だが、販売の伸び率だけを見て、生産義務を無理なく消化できるとは言えない。

販売台数は各社が同じ割合で増やせるわけではないうえ、前年の販売を支えた輸入車が、後年の生産義務を生むからだ。新規の需要を取り込むメーカーも、過去の輸入分を生産するメーカーも、同じ年の市場で買い手を探す。価格を下げて販売を増やす選択が合理的になる局面でも、各社が同時に行えば、台数を伸ばすほど利益が出るとは限らない。

生産能力を確保したかどうかと、採算の合う販売先を確保したかどうかは、この制度では別々の問題になる。工場の建設計画だけでは後者に答えられない。

輸出1台を1.5台と数える意味

2025年7月、EV委員会は、輸出向けに生産した1台を、生産義務の計算では1.5台と扱う調整を認めた。タイ工業連盟(FTI)の提案を受けた措置である。2

この変更には二つの効果がある。国内だけに売り先を求めずに済むことと、義務を履行するために実際に造る台数が少なくて済むことだ。

違いは仮の計算で示せる。生産義務の残りが1万5,000台分なら、国内向けでは実車1万5,000台が必要になる。すべて輸出向けとして1.5倍の換算が認められれば、実車1万台で同じ義務量に達する。輸出先を確保できる企業にとっては、販売先の分散と、必要生産量の圧縮が同時に起こる。

政府は単に輸出を奨励しただけではない。生産台数を最大化することより、メーカーが履行できる形で国内工場を動かすことを優先した、と読める。タイの国内市場にすべてを売ろうとする圧力を弱める調整でもある。ただし、外国市場の買い手や採算の合う輸出価格まで、制度が用意してくれるわけではない。

また、条件の緩和と並行して、政府は補助金の支払いを生産計画の進捗に結び付けた。期限を延ばす企業などには計画や保証を求め、生産が一定の基準を下回れば支払いを留保する扱いが示されている。2

企業に選択肢を与えながら、輸入時の優遇と現地生産の約束を切り離さない。その両方を組み込んだ調整だ。条件緩和を、そのまま生産誘致の放棄と読むのは当たらない。

台数の約束だけでは、部品の仕事は決まらない

では、完成車の工場が動けば、タイの部品企業にも発注が広がるのか。

生産義務は、基本的には完成車を何台造るかという条件である。輸出の換算を使って履行できても、どの部品を、どの供給者から買ったかまでは、その台数から読み取れない。

そこで別に設けられているのが、国内製部品を使う事業への追加優遇だ。BOIの制度では、対象となるBEV事業が一定の国内調達条件などを満たし、FTIの「Made in Thailand」認証を取得すると、法人所得税の免税終了後に、利益に対する税を2年間50%軽減する措置がある。BEVでは、原材料総額に占める国内製部品の額が40%以上という条件がある。新規案件か、免税期間が終わっていない既存のBOI認可案件など、適用対象にも条件がある。4

この40%を、タイで売るEVすべてに一律に課された義務だと解釈してはいけない。国内調達を増やす企業が追加優遇を受ける制度の基準だ。

生産義務が「優遇して輸入した分を、後でタイで造る」という約束なのに対し、追加の税優遇は「タイで部品を買うことの採算を改善する」という誘導である。政策が別々に用意されているのは、完成車の台数を増やすだけでは、国内の部品調達まで同時に増えるとは限らないためだ。

しかも、利益に対する税の軽減は、部品の購入費をその場で補填する補助金とは性格が違う。国内調達へ切り替える費用が先に発生し、優遇を受ける利益が後から生まれる場合、企業はその時間差も負担する。制度上の優遇率だけで、すべての企業が同じように調達先を変えられるとは見込めない。

条件緩和をどう評価するか

タイのEV政策を評価する際、現地生産の増加と条件緩和を、成功と失敗の相反する証拠として扱う必要はない。

先に輸入販売を支援する方式は、市場を早く立ち上げられる。その代わり、将来の生産量を過去の輸入に結び付けるため、需要が想定とずれたときには調整が難しくなる。タイ政府は輸出の換算や履行期間を使い、約束を取り消すことなく、そのずれを吸収しようとしてきた。

この柔軟性には代償もある。条件が繰り返し緩和されれば、当初の予定どおり工場を動かした企業と、調整を待った企業で負担が違う。後から再び緩和されると予想する企業には、早く履行する動機が弱まる可能性もある。補助金の支払いと生産実績を結び付ける措置には、こうした約束の実効性を保つ役割があると考えられる。

7月時点で分かるのは、タイが生産を求める方針をやめたということではない。輸入補助で育てた市場を国内工場へつなぐ過程で、台数、販売先、履行の時期を調整しているということだ。

そして、完成車工場を稼働させることと、国内の部品調達に採算を持たせることには、別の政策が必要になった。タイのEV産業を理解する出発点は、工場や投資額の大きさ以上に、この二つの課題を分けることにある。

出典・注記

出典・注記

  1. タイ投資委員会(BOI)「Thailand EV Board Approves Extended Production Timeframe for BEV」(2024年12月4日、英語、pp.1–2)。EV3・EV3.5の基本倍率と制度間移行。本文の1万台の例は公表倍率を使った仮定計算で、実在企業の義務量ではない。 ↩ ↩2

  2. BOI「Thailand EV Board Adjusts EV3, EV3.5 Terms to Promote Exports」(2025年7月30日、英語、pp.1・3)。輸出の1.5倍換算、FTIの提案、補助金支払いの条件。1万5,000台分の例は制度の働きを説明する仮定計算。個社への適用判定は行っていない。 ↩ ↩2 ↩3

  3. 国際エネルギー機関(IEA)「Global EV Outlook 2026: Trends in electric cars」(2026年5月、英語、東南アジア・タイの販売と生産地)。BEVとPHEVの合計で、外部充電のできないハイブリッド車(HEV)は含まない。販売全体の構成比を個社の生産義務の履行率としては使っていない。 ↩

  4. BOI「Measure to Promote the Use of Locally Manufactured Parts in Thailand」(英語、制度案内)および「告示6/2568」(2025年7月22日、タイ語、pp.1–2)。国内調達率、MiT認証、適用対象、免税後の50%減税。生産義務・物品税優遇とは別のBOI追加優遇として扱った。 ↩